
木本 正次(きもと しょうじ)
(大正元年10月5日〜平成7年1月26日)
![]() 信濃毎日新聞社版 |
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![]() 愛媛新聞社版 |
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取りあえず、わが父・木本正次の作品の表紙写真を粗方、リストアップしましたが、著作は、これで全部ではありません。
今後は、各作品ごとに、出版履歴、奥付、前書き、後書きを整理します。
父は、根っからの取材好きでした。
元々が新聞記者だったので、無理もありません。
相当しつこく取材したので、閉口した方も多かったはずです。
そんな取材対象者にも、何か書いていただきたいと思っています。
映画化された作品は、「黒部の太陽」、「反逆の走路」、「砂からの門」等があります。
父は、「香港の水」は、何とか映画化したいと熱望していました。
殆ど、映画化が決定的になった時、あの天安門事件が起こり、全ての計画は、一夜にして水泡に帰してしまいました。----幸い、その後、NHKがドラマ化してTVで流して下さいましたが、父は、そのことが一番残念だった様です。
映画化には、多くの方が参画されます。
そこで、参画された皆さんに、少しずつでも印象記を書いていただくよう、地道にお願いして見るつもりです。
インターネットに“目玉商品”を準備するって事は、難しいですね。
気楽に始めて見ましたが、開設準備を始めて1カ月もしない間に、閉息状態に立ち至ってしまいました。
そこで考えた窮余の一策は、『親父の著作の一部を公開するのは、どうだろうか?』、でした。----そして、ものは試し、子供向けに書いた作品『平賀源内』を、「ダウンロードに限り自由(複製禁止:著作権を主張)」の条件付きで全文公開してみよう、と考えるに至りました。
何故、こんな事を考えたのか。
ホームページ作りの窮余の一策には違いありませんが、本当は、もう一つの理由があります。
“もの書き”は、作品を読んで貰わないと始まりません。
しかし、大作家の話題作ならともかく、普通の書籍の場合は、苦労して折角、出版に漕ぎ着けても、再版、最再版の可能性は、「殆どゼロ」と言っても過言ではありません。
ましてや当の本人が死んでしまった後では、そもそも低かった三文作家の市場価値は、殆どゼロまで消滅してしまいます。
著作権者が私では、再版の見込みは薄いと思わざるを得ません。
現実に、親父の著作で、いまだに命を長らえているのは、「黒部の太陽」(出版元:信濃毎日新聞社TEL:0262-36-3377)の唯一冊だけです。
それも岩見(関電産業)さんと、青柳(信濃毎日新聞)さんの暖かいご尽力のお陰です。
あとは全て絶版状態です。
インターネットのホームページは、実に便利なミニコミ・ツールです。
父の本は、絶版になってから『何とか読めないだろうか?』と、問い合わせをいただいていました。----最近でこそ問い合わせは少なくなりましたが、それでも、時に問い合わせが舞い込みます。
ついつい情にほだされて差し上げたくなるのですが、我が家に何冊も無い本を差し上げるわけにもいきません。
インターネットのホームページに登録しさえすれば、相手は、何時でも自由に読んで貰える時代です。
それならいっそ、インターネットのホームページに全文を公開して皆さんに読んでいただける機会を作った方が、故人も喜んでくれるはずです。----そして、幸い再版の話があれば、ホームページ公開はその時点で中止させていただけばいい。
どうせ公開するのなら、本当ならサーチエンジンで沢山検索してもらえる項目が良い。----となればトヨタ自動車の創始者の「豊田喜一郎伝」や、足尾・別子問題の「四阪島」、“明治生まれの気骨”をテーマにした「出光佐三」や、「伊庭貞剛」などの伝記物がいい。
但し、その際は一応、著作権を主張するためにも、シェアウエア形式にして『読んで面白かったら本代をお支払い下さい、と言うことにしておこうかな』と、考えております。
しかし、いきなりこれで立ち上げるのには、いろいろ整理しておく問題がありそうです。ですから、立ちあげ第1作目は、「児童書『平賀源内』あたりで立ちあげるのが無難かな」、と思っています。----いずれにしろ、きちっと一度、著作権協会に電話で問い合わせて、最後に出版した会社の権利がどうなっているのかなど、具体的に勉強させて貰ってから具体的に動き始めようかと思っています。
以上の3点を中心に、近々、具体的作業を始めたいと思っています。
ご支援をお願いいたします。
最終改定日: