/こどもの国に進む/薬師池公園に進む/町田リス園に進む/遺跡公園に進む/町田市立博物館に進む/国際版画美術に進む/芹が谷公園に進む/町田えびね苑に進む/町田ぼたん園に進む/町田ダリア園に進む/“尾瀬”と“ミニ尾瀬”に進む/2週間の北海道旅行に進む/

|巻頭ページに戻る|




四 国 一 周

デ ィ ジ・カ メ 旅 行 記

平成11年3月13日〜3月28日


 


(雨の四万十川)

 

1999年3月、永年勤続記念休暇をもらいました。

私の両親は、存命中、カミさんに
『必ず故郷の徳島(父方)と高知(母方)に連れていく』
と、公言していたそうですが、結局、
果たさないままになっていました。
そこで、お彼岸を挟むこの時期を利用して、
両親の故郷:四国を一周することにしました。

しかし....。
子供達を2週間もほったらかしにして
旅行するのはいささか気が引けました。
そこで、
『旅先の風景を必ずHPにUPする』
と約束しました。

 ディジタルカメラは大急ぎで調達したものの、
旅先で使えるノート型パソコンは白黒画面です。
 果たしてどんな風に発色しているのか、
旅先からFTPサイトに写真を送ることは出来ても、
そのあたりは確認することは出来ません。

果たしてどんな結果になりますやら....。
これもご愛敬です。

(旅行第4日目の朝:倉敷のホテルにて)

 

参考:ホームページについて
今回の旅行先に関して興味深い解説や写真を掲載して
おられるHPにリンクさせていただきました。   

【ネットサーフされる方にお願い】 
ブラウザの「戻る」ボタンを押して、
再びこのページに戻ってきて下さい。

 

第1日
3月13日
(土)

東名・浜名湖サービスエリア

東名・浜名湖サービスエリア

 朝早く出発する積もりがお昼近くになり、どこにも立ち寄らずに伊勢ま行した。
 浜名湖は、30年前以上前、まだ高速道路の橋脚工事が行われていた頃、自作のカタマラン(双胴)型ヨットで正にこの辺りを走り回っていただけに、何とも思いで深い、懐かしい風景であった。  

第2日
3月14日
(日)


伊勢二見浦の日の出(6:15)

伊勢神宮(内宮)

 伊勢は、私が自分自身の存在をはじめて自覚したところ。 
 そんなわけで伊勢を最初の目的地に選んだ。       


法隆寺

 法隆寺は、高校時代の夏休み、汗をかきながら自転車で何度も訪れたところ。
 久々に訪れましたが、前にもまして新鮮な印象を受けた。 

法起寺

法輪寺


慈光院

 斑鳩の定番は、法隆寺・法起寺・法輪寺・慈光院と巡るコース。
 30年振りの散策ともなると道順を思い出すのに一苦労しました。

参考:鈴木克幸さんのHP

第3日
3月15日
(月)


東大寺・大仏殿

東大寺・三月堂

東大寺・二月堂

  

東大寺・二月堂

 お水取りが終わった翌日、子供の健康を祈るダッタン帽にはこども達れの家族が沢山訪れる。


薬師寺

 薬師寺の塔を撮るには、ここ大池越しのアングルがベスト。
(後日、200mm写真に差替ます)

唐招提寺

 唐招提寺にたどり着く頃にはもう夕闇が迫り始めていた。 

第4日
3月16日
(火)

倉敷・大原美術館
参考:OHARA MUSEUM

児島・坂出ルート

栗林公園

平賀源内資料館(志度町)
参考:志度町のホームページ
参考:こども電気ものしり館



八十六番 志度寺

 

大串半島の夕日
参考:SUN-SUN HOMEPAGE

 

第5日
3月17日
(水)

八十八番 大窪寺

お遍路さんの杖の山
 お遍路さんと一緒に四国八十
八寺の巡礼を終えた杖の山。
 寺では持ち帰るように勧めて
いるが、殆どのお遍路さんは、
ここ大窪寺で杖を奉納する。

金比羅さん

 金比羅さんの石段を駕篭に乗
って山門までお参りする人に出
会ったのはこの方だけだった。
 どうやらタクシーを利用する
方が相当安あがりらしい。  

祖谷(いや)のかずら橋
参考:徳島県池田町HP

祖谷温泉のケーブルカー

祖谷渓谷の清流
 このホテルの自慢は、V字渓
谷を自前のケーブルカーで200
m下った川底の温泉。    
山の勾配は42度だが、お湯は
39.2度とぬるめ。小1時間、ゆ
っくり浸かると芯まで温まる。

第6日
3月18日
(木)

大歩危とJR土讃線

別子銅山記念館

 大山積神社の境内に設けれた記念館は、周囲の景観を壊さないよう山の斜面に沿って半地下式に建設れ、屋上には1万本のサツキが植えられている。
  (建設業協会賞受賞作品)

新居浜側から望む西明石山

 1691年から採掘が開始された別子銅山は、当初、鉱石を人力で銅山峰(1291m) 越しに新居浜側に運びだしていた。
 時代をおって、この山の反対側斜面には硫黄を焼く施設や精錬施設が設けられ、最盛期には6000人が暮らしていた。

旧別子銅山跡(小学校)

旧別子銅山跡(講堂)

 精錬施設の充実に伴って、別子山村側(新居浜の反対側)の山々は全て禿山に変わり果てた。
 伊庭貞剛は、全て元の形に戻すべく全山、植林を決意する。
 こうして講堂内に植林課が新設される。これが後に日本の国土0.1%を保有する住友業林の母胎となった。
 
参考:Welcome to HIME-Net

第7日
3月19日
(金)

松山城天守閣(桜ちらほら)

道後温泉の「湯祭り」風景
参考:松山商工会議所HP

 今日は朝から生憎の雨。
 新居浜から一山越した別子山村を早朝に出発し松山に向かう。
 午後、愛媛新聞社出版部の佐藤部長にお目に掛かり父の書いた「伊庭貞剛物語」出版の打ち合わせを行う。
 最終目的地・四万十川中流の西土佐に着いた午後8時だった。

第8日
3月20日
(土)

四万十川の沈下橋:1

四万十川の沈下橋:2

四万十川の沈下橋:3

四万十川の沈下橋:4

四万十川の沈下橋:5

四万十川の沈下橋:6

 四万十川には、沢山の沈下橋が掛かっている。
 最初は沈下橋にこだわるつもりは全然なかったのに、川を下り終えてみると、撮した写真の殆どが沈下橋だった。
  
参考:Sakawa's HP

四万十川の沈下橋:7

四万十川の沈下橋:8

足摺岬:1

第9日
3月21日
(祝)

足摺岬:2

足摺岬:3

三十八番 金剛福寺

第10日
3月22日
(振替)

野良時計(安芸市)
参考:夢立国・四国 夢人島

龍河洞:1
参考:ORIENT HOTEL KOCHI

龍河洞:2

室戸岬:1

二十四番 御前崎寺

室戸岬:2

第11日
3月23日
(火)

日和佐海岸

 徳島の海は土佐の海とは対照的で、波は穏やかだった。
 この美しい浜辺は、海亀が卵を生みに来る浜辺として有名。
  
参考:日和佐町観光案内

次の巡礼先
御前崎寺まで90Km!

日和佐・善人宿のご主人

 一番札所の霊山寺から歩き始めると、この辺りで1週間近くが経過し、そろそろ歩き遍路にとって疲れが出始めるころ。 
 門前に食堂「橋本」を経営するご主人は中古バスを改造し、無料宿舎を提供しておられた。

徳島の潜水矯:1

徳島の潜水矯:2


「沈下矯」と「潜水矯」

 ところ変われば呼び名も変わる。           
 高知県では沈下矯と呼ばれた橋が、ここ徳島県では潜水矯と呼ばれていた。 

第12日
3月24日
(水)

新神戸ロープウエー

布引ハーブ園の散策路

神戸異人館:風見鶏の館

神戸異人館:萌葱の館

萌葱の館(内部)

震災記念公園

第13日
3月25日
(木)

二条城

大徳寺・大仙院:1

大徳寺・大仙院:2

東寺

泉涌寺

智積院

第14日
3月26日
(金)

清水寺

銀閣寺:1

銀閣寺:2

金閣寺

天竜寺

平安神宮

第15日
3月27日
(土)

郡上八幡:水のある町並み

 道の両側を溢れんばかりに清水が流れる。

郡上八幡:宗祇水

 観光案内には、必ず顔を出すところ。

郡上八幡:水飲み場

 ここはお寺のボランティア。湯飲み茶碗などが準備されており、本当においしい名水を堪能した。             

郡上八幡:寺のある町並

郡上八幡:郡上八幡博覧館

 郡上八幡の盆踊りに関する展示などが充実していた。
 我が家のカミサンは、盆踊りのビデオ・テープをお借りした。
  
参考:郡上八幡

同館:盆踊りの展示

 代表的な盆踊りは、全てCD-ROMに収録されている。
 スイッチを押すと瞬時に映像が切り替わる。          

飛騨高山:陣屋
参考:日本の旅(飛騨高山)

飛騨高山:陣屋

飛騨高山:陣屋

第16日
3月28日
(日)

犬山城:1

犬山城:2

県道18号線
(飯田〜駒ヶ根)
天竜川沿いの風景:1

 青い枠の入った写真をクリックすると未加工の原寸写真が現れます。
画質に興味がある方は、一度、ご覧になって下さい。      

 

【追記】
 購入したディジタル・カメラ(Kodak DC210A)には、最初からメモリーが8Mb付いてきましたが、この状態で標準撮影した場合、52枚撮影可能です。
 ちょうど35mm24枚撮りフイルム2本分に相当しますので、HP用の写真素材撮影用カメラとしては、必要十分なちょうどいい撮影枚数でした。
 心配だった電池寿命も、ニッケル・水素電池(繰り返し充電型)をフル充電すれば、52枚撮影しても十分な余裕がありました。

 広角系の光学2倍ズームレンズ付きのこのカメラは、100万画素クラス。
 購入した時点で、最新型のディジタルカメラに比べ既に1.5世代前のカメラと言うことになります。 ----ですから、もし、最新鋭機で撮したらもっと凄い写真が撮れたのでしょうが、私には充分すぎる実力を発揮してくれました。
 相当安く手に入れることが出来ましたので、コストパフォーマンスも最高でした。

 現在、このカメラにコンパクトメモリーを目一杯、48Mb入れて愛用していま
す。
 この状態で最高画質+標準サイズを遊ぶと、撮影枚数は実に約360枚!
 35mmフイルム換算する10本分になります。
 ですから、思いついたところで幾らシャッターを切っても、フイルム切れの心配は一切ありません。

 旅行から帰って今日ではや約3ヶ月。ディジカメを購入してちょうど100日目に当たります。
 この間に撮影した枚数は、1405枚。容量にして約300Mb。35mmフイルム換算で約40本、撮影したことになります。----もちろん、現像・引き伸ばし費用がゼロの気安さがこれだけの枚数撮影出来た最大の理由に違いありませんが、スナップ向きの広角ズームが付いた使いやすさも無視できません。
 それにしても我ながら凄い撮影枚数です。

 そして、この調子で順調に撮影枚数が延びれば、CD-ROM一枚分の640Mbの写真データが溜まる日もそう先のことではなさそうです。

 その時は、この写真データだけで満タンになったCD-ROM“ディジカメ写真集(その1)”を焼き付け、仲間に自慢しようと密かに計画しています。

 もう一つの夢は、カウンター。
 このカメラ、撮影順にDCP01405.JPGという風に追い番が付いてきます。
 ですから、9999枚撮影するとフイルムカウンターは再び0001に戻るはずです。
 このディジカメで、何とか再び0001番に戻すまで使い込んでみたいものです。

 そのころには、きっと最先端のディジカメは、私の想像以上の素晴らしいものに形を変えているに違いありません。       (1999.6 記)

 

 


|巻頭ページに戻る|

/こどもの国に進む/薬師池公園に進む/町田リス園に進む/遺跡公園に進む/町田市立博物館に進む/国際版画美術に進む/芹が谷公園に進む/町田えびね苑に進む/町田ぼたん園に進む/町田ダリア園に進む/“尾瀬”と“ミニ尾瀬”に進む/2週間の北海道旅行に進む/