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3月13日 (土) |
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朝早く出発する積もりがお昼近くになり、どこにも立ち寄らずに伊勢ま行した。 浜名湖は、30年前以上前、まだ高速道路の橋脚工事が行われていた頃、自作のカタマラン(双胴)型ヨットで正にこの辺りを走り回っていただけに、何とも思いで深い、懐かしい風景であった。 |
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3月14日 (日) |
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伊勢は、私が自分自身の存在をはじめて自覚したところ。 |
法隆寺は、高校時代の夏休み、汗をかきながら自転車で何度も訪れたところ。 |
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斑鳩の定番は、法隆寺・法起寺・法輪寺・慈光院と巡るコース。 |
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3月15日 (月) |
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お水取りが終わった翌日、子供の健康を祈るダッタン帽にはこども達れの家族が沢山訪れる。 |
薬師寺の塔を撮るには、ここ大池越しのアングルがベスト。 |
唐招提寺にたどり着く頃にはもう夕闇が迫り始めていた。 |
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3月16日 (火) |
参考:OHARA MUSEUM |
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参考:志度町のホームページ 参考:こども電気ものしり館 |
八十六番 志度寺
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参考:SUN-SUN HOMEPAGE
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3月17日 (水) |
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お遍路さんと一緒に四国八十 八寺の巡礼を終えた杖の山。 寺では持ち帰るように勧めて いるが、殆どのお遍路さんは、 ここ大窪寺で杖を奉納する。 |
金比羅さんの石段を駕篭に乗 って山門までお参りする人に出 会ったのはこの方だけだった。 どうやらタクシーを利用する 方が相当安あがりらしい。 |
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参考:徳島県池田町HP |
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このホテルの自慢は、V字渓 谷を自前のケーブルカーで200 m下った川底の温泉。 山の勾配は42度だが、お湯は 39.2度とぬるめ。小1時間、ゆ っくり浸かると芯まで温まる。 |
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3月18日 (木) |
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大山積神社の境内に設けれた記念館は、周囲の景観を壊さないよう山の斜面に沿って半地下式に建設れ、屋上には1万本のサツキが植えられている。 |
1691年から採掘が開始された別子銅山は、当初、鉱石を人力で銅山峰(1291m)
越しに新居浜側に運びだしていた。 |
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精錬施設の充実に伴って、別子山村側(新居浜の反対側)の山々は全て禿山に変わり果てた。 伊庭貞剛は、全て元の形に戻すべく全山、植林を決意する。 こうして講堂内に植林課が新設される。これが後に日本の国土0.1%を保有する住友業林の母胎となった。 参考:Welcome to HIME-Net |
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3月19日 (金) |
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参考:松山商工会議所HP |
今日は朝から生憎の雨。 新居浜から一山越した別子山村を早朝に出発し松山に向かう。 午後、愛媛新聞社出版部の佐藤部長にお目に掛かり父の書いた「伊庭貞剛物語」出版の打ち合わせを行う。 最終目的地・四万十川中流の西土佐に着いた午後8時だった。 |
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3月20日 (土) |
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四万十川には、沢山の沈下橋が掛かっている。 |
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3月21日 (祝) |
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3月22日 (振替) |
参考:夢立国・四国 夢人島 |
参考:ORIENT HOTEL KOCHI |
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3月23日 (火) |
徳島の海は土佐の海とは対照的で、波は穏やかだった。 |
御前崎寺まで90Km! |
一番札所の霊山寺から歩き始めると、この辺りで1週間近くが経過し、そろそろ歩き遍路にとって疲れが出始めるころ。 |
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「沈下矯」と「潜水矯」 ところ変われば呼び名も変わる。 |
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3月24日 (水) |
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3月25日 (木) |
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3月26日 (金) |
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3月27日 (土) |
道の両側を溢れんばかりに清水が流れる。 |
観光案内には、必ず顔を出すところ。 |
ここはお寺のボランティア。湯飲み茶碗などが準備されており、本当においしい名水を堪能した。 |
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郡上八幡の盆踊りに関する展示などが充実していた。 |
代表的な盆踊りは、全てCD-ROMに収録されている。 |
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参考:日本の旅(飛騨高山) |
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3月28日 (日) |
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(飯田〜駒ヶ根) 天竜川沿いの風景:1 |
【追記】
購入したディジタル・カメラ(Kodak DC210A)には、最初からメモリーが8Mb付いてきましたが、この状態で標準撮影した場合、52枚撮影可能です。
ちょうど35mm24枚撮りフイルム2本分に相当しますので、HP用の写真素材撮影用カメラとしては、必要十分なちょうどいい撮影枚数でした。
心配だった電池寿命も、ニッケル・水素電池(繰り返し充電型)をフル充電すれば、52枚撮影しても十分な余裕がありました。広角系の光学2倍ズームレンズ付きのこのカメラは、100万画素クラス。
購入した時点で、最新型のディジタルカメラに比べ既に1.5世代前のカメラと言うことになります。 ----ですから、もし、最新鋭機で撮したらもっと凄い写真が撮れたのでしょうが、私には充分すぎる実力を発揮してくれました。
相当安く手に入れることが出来ましたので、コストパフォーマンスも最高でした。現在、このカメラにコンパクトメモリーを目一杯、48Mb入れて愛用していま
す。
この状態で最高画質+標準サイズを遊ぶと、撮影枚数は実に約360枚!
35mmフイルム換算する10本分になります。
ですから、思いついたところで幾らシャッターを切っても、フイルム切れの心配は一切ありません。旅行から帰って今日ではや約3ヶ月。ディジカメを購入してちょうど100日目に当たります。
この間に撮影した枚数は、1405枚。容量にして約300Mb。35mmフイルム換算で約40本、撮影したことになります。----もちろん、現像・引き伸ばし費用がゼロの気安さがこれだけの枚数撮影出来た最大の理由に違いありませんが、スナップ向きの広角ズームが付いた使いやすさも無視できません。
それにしても我ながら凄い撮影枚数です。そして、この調子で順調に撮影枚数が延びれば、CD-ROM一枚分の640Mbの写真データが溜まる日もそう先のことではなさそうです。
その時は、この写真データだけで満タンになったCD-ROM“ディジカメ写真集(その1)”を焼き付け、仲間に自慢しようと密かに計画しています。もう一つの夢は、カウンター。
このカメラ、撮影順にDCP01405.JPGという風に追い番が付いてきます。
ですから、9999枚撮影するとフイルムカウンターは再び0001に戻るはずです。
このディジカメで、何とか再び0001番に戻すまで使い込んでみたいものです。そのころには、きっと最先端のディジカメは、私の想像以上の素晴らしいものに形を変えているに違いありません。 (1999.6 記)